ジェンダー迫害
2023年6月18日
前田 朗
ニューヨーク市立大学の「ジェンダー・法・革新的平和研究所」のジェンダー迫害シリーズの第1巻が出た。
『アフガニスタンにおけるジェンダー迫害――ある人道に対する罪――教育、集会、表現の基本権の重大な剥奪』
Gender Persecution in Afghanistan: A Crime
Against Humanity. Severe Deprivation of the Fundamental Rights to Education,
Assembly ,and Expression. 2023, Institute for Gender, Law, and Transformative
Peace, CUNY School of Law, MADRE.
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アフガニスタンにおける女性の教育、集会、表現の自由の剥奪を、人道に対する罪としてのジェンダー迫害として把握する試みである。
著者はLisa Davis(CUNY准教授)とJM Kirby(MADRE事務局)である。
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ジェンダー迫害と言う発想は、シドニー・ロースクールのRosemary Greyの「あなたの名誉は権利です。これは人道に対する罪で、ジェンダー迫害です」という言葉(2022年12月22日)に由来するという。
DavisとGreyは、この言葉を基に、国際刑事裁判所規程(1998年)の人道に対する罪としての迫害に立ち返り、その成立要件を確認し、「人道に対する罪としてのジェンダー迫害」の要素を抽出する。
主に参照される条文は次のとおりである。
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国際刑事裁判所規程 第7条1項
この規程の適用上、「人道に対する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。
(g)強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、矯正断種その他あ らゆる形態の性的暴力であってこれらと同等の重大性を有するもの
(h)政治的、人種的、国民的、民族的、文化的又は宗教的な理由、3に定義する性に係る理由その他国際法の下で許されないことが普遍的に認められている理由に基づく特定の集団又は共同体に対する迫害であって、この1に掲げる行為又は裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪を伴うもの
国際刑事裁判所規程 第7条2項(g)
「迫害」とは、集団又は共同体の同一性を理由として、国際法に違反して基本的な権利を意図的にかつ著しくはく奪することをいう
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国際刑事裁判所規程における①ジェノサイド、②人道に対する罪、③戦争犯罪については、それぞれの成立要件が詳しく解釈するガイドラインが作成されている。迫害の立証のためには次の6つの要件が揃う必要がある。
1 実行者が、国際法に違反して、一人又は複数の人の基本権を著しくはく奪した。
2 実行者が、その一人又は複数の人を、ある集団又は共同体の同一性を理由として、攻撃対象とした、又は集団又は共同体それ自体を攻撃対象とした。
3 そのように攻撃対象としたことが、政治的、人種的、国民的、民族的、文化的、宗教的、規程の第7条3項に定義されたジェンダー、又はその他国際法の下で許されないことが普遍的に認められている理由に基づいていた。
4 実行行為が、規程第7条1項に掲げる行為又は裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪と結びついて行われた。
5 実行行為が、文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃の一部として行われた。
6 実行行為者が、実行行為は文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃の一部であると知っていた、又はそれを意図していた。
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DavisとGreyは、以上の定義に照らして、ターリバーンの差別的なジェンダー政策とイデオロギーを確認する。特に2021年8月以後のターリバーンの声明や通知等を基に、ターリバーンの女性政策がジェンダー迫害と呼ぶことができるものであることを確認する。教育、集会、表現の自由について、ターリバーンが女性の基本権を著しく奪ってきた事実を列挙したうえで、いずれについても人道に対する罪が成立するのではないかと唱える。
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事実関係については、従来の報道や、人権NGOが提供してきた数々の事実を紹介しながら、DavisとGreyは、上記の6つの成立要件が満たされていることを丁寧に確認している。その意味で新奇性のある論文と言える。
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DavisとGreyは、被告人を特定して国際刑事裁判所で刑事裁判にかけるべきだと考えているものの、そこまで論述が及んでいるわけではない。アフガニスタンにおける戦争犯罪や人道に対する罪を国際刑事裁判所で裁くべきだという一般的な思考を、さらに一歩前に進めて、犯罪成立要件のレベルで詳細に論じている。この点で参考になる。
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ジェンダー迫害という視点も重要だ。人道に対する罪としての迫害は、主にユダヤ人迫害を念頭に考えられた概念なので、宗教や民族への迫害が中心だが、概念的にはジェンダーも明記されている。そして第7条1項(g)では強姦等の性暴力が掲げられているので、女性に対する性暴力犯罪はこちらに該当すると考えられる。DavisとGreyは、第7条1項(g)と(h)を関連させて「ジェンダー迫害」とみているようだ。